患者さんの中には、理解力が悪い人もいます。あまりに理解が悪い、指示が通らないということが続くと、認知症なのでは…と思ってしまうこともあります。しかし私が接した患者さんのアセスメントをしてコミュニケーションの取り方を変えた結果、理解力があがったということも少なくありませんでした。そんな事例を紹介します。
患者さんとコミュニケーションをとるとき、この患者さんは全く理解していないなあ、理解力が悪いなあと感じることがあるはずです。年齢を重ねてくると、認知力が低下してくるのは仕方がありませんが、何度も繰り返し説明されていることを理解できない、それを実行することが出来ないという状況になれば、認知症といわれてもおかしくないかもしれません。 しかし私が実際に接した「この人認知症かも?」と思う患者さんでも、コミュニケーションの方法を変えるだけで、理解力が格段に上がった事例もあるので、ご紹介していきたいと思います。
・理解力が悪いのは疼痛のせいだった
家族で住んでいる自宅で転倒し、骨折で入院してきたある高齢の女性。入院当初から疼痛が強く、何を聞いても痛みのことばかり返答があるので、この人はちょっと認知症があるのかもしれないとみんなが思っていました。 検査をした結果、骨折は手術が適応となり、あわただしく術前の準備が始まりました。しかし看護師には不安が一つありました。術後痛みが強い間は、あまり動かないから心配はいらないと思うけれど、もしも手術後痛みが取れたら、勝手に動き回ってしまうのではないかということでした。そのため何かあれば家族の付き添いをお願いするという形で手術当日を迎えたのです。 高齢者の中には、手術をしたことがきっかけとなって、見当識障害やせん妄を起こしてしまうこともあります。そのため私たち看護師は術前準備をして手術室に送り出したけれど、術後の経過のことをすでに心配していました。 手術が終わってみると、術前の私たちの不安が全く必要なかったことに驚きました。骨折した後、数日は本当に痛みとの戦いであり、鎮痛剤を使用していましたが、早く手術をしてこの痛みをとってほしいとそればかり願っていたとその患者さんはいいました。そして手術が終わってみると、本当に楽になり、痛みから解放されたと。そのため、正気に戻り、いろいろなことに目を向けることが出来るようになったといったのです。 もちろん手術が終わったからといって、痛みがすべてなくなるわけではありません。術後の創部の痛みもあります。またリハビリを始めていけば、また違う痛みが出てくることでしょう。術後の経過が上手くいって退院を迎えても、自宅での生活に戻り、節々で痛みを感じることもあると思いました。 しかし彼女の入院当初の理解力の悪さというのは、疼痛からくるものだったのです。疼痛があまりに強すぎて何も考えられない、周りに目を向けることが出来ないという精神状態から理解力と認知力の低下が起こったといえます。この事例を通して説明や指示に従えないということからすぐに認知力の低下に結びつけるのではなく、これまでの認知力や性格などを総合的にアセスメントして認知力の低下の原因を探ることが大切だったと学びました。
・理解力が悪いのは難聴のせいだった
ある入院している患者さんのことです。何度同じことを説明しても、なかなかできないことが続いていました。そのためこの患者さんは、認知症がすすんでいるのかなとおもったのです。確かに入院前に一緒に住んでいた家族に聞いても、認知症が少しはあったと思うという返答。そして体調を崩して入院。その環境の変化からさらに認知症が進行したと私たちは感じたのです。 しかしある時、その患者さんをお見舞いに来た親しいご近所さんと仲良く談笑している姿を見ることがありました。昔のことを話ししているのかな、思い出して楽しいのかなと思ってみていると、なんと筆談で話をしているではありませんか。 看護師はその患者さんは耳が遠いということは理解していましたが、筆談するほど悪いとは感じていませんでした。なぜなら、きちんと返事をされていたからです。 しかし今思うとその考えは間違っていたような気がします。その患者さんは、理解していないのに返事をしていたのです。だからきちんと理解が出来ていなかったのです。それからは、私たちも大切な話をするときには、きちんと筆談という手段を用いてコミュニケーションをとることを心掛けました。そうすると、不思議と理解が早くなったのですね。もともと少し認知症はあったと思うのですが、入院して認知症がすすんだというわけではなく、コミュニケーションの取り方を工夫すればきちんと理解が出来たことを学びました。 その患者さんには後日談があります。実はその患者さん、もう10年以上の耳の掃除をしていなかったことがわかりました。耳鼻科に行くと奥の耳垢はこびりつき全く取れない状況。そのため難聴も進んでいるのではないかという診断が出たのです。入院中に点耳薬を毎日行い、最終的に耳鼻科で耳垢をとってもらうことが出来ました。確かにそれだけで聴力が少し改善されたのです。 高齢者、また自己管理能力が低い場合は、耳のケアにも注目することが重要です。病院にいると、主病名や主症状に目を向けてケアをすることがほとんどであり、あまり耳という部分に注目することはありませんでした。しかしながら、難聴や理解力の低下があるという場合は、しっかりと耳のチェックを行いアセスメントすることが大切だと思いました。
・理解力が悪いのはプライドのせいだった
とてもしっかりしている方なのに、どうも理解力が悪いと感じてしまうことがあります。例えば薬などの説明をするときにもしっかりと質問をされ、うなずきながら聞いてくれているのですが、いざ服薬を自己管理にすると全く出来ないというとき。 また術後は安静度があり、徐々に離床を進めていきたいので説明しても、理解しているようで安静度を全く理解できておらず自分で車いすに移乗してしまう。そんな患者さんも少なくないのではないでしょうか。 私が接した患者さんもそんな困ったさんでした。年齢が90近くになり、入院されるまでは畑仕事もしていたというくらい元気で活動的な女性。そして運悪く転倒し入院をしてきたのです。そんな彼女は、小柄で骨粗鬆症もあったので、術後の経過は慎重にみていました。術後徐々にリハビリを進めていくと、どんどん動けるのかと思い、自分の思い通りに動いてみんなを驚かしてしまう、そんな日が続きました。 ある時、理学療法士が質問したそうです。車いすで移動しますが、どこか行きたい場所がありますかと。当然、トイレ、売店、中庭などと答えると思ったら、その女性は、とにかく早く歩けるようになりたいと。急ぐ必要はありませんよというと、その女性は急ぐ必要があるというのです。 その理由を聞いてみると、収穫の時期を迎えて野菜が待っている、そしてその野菜を送ってくれることを孫たちが待っているというのです。 つまり認知力が低下しているというよりも、自分のやってきたことが入院によってダメになるのではないかという不安と、これまで積み重ねてきたことをやり遂げなければいけないというプライドが、彼女の行動を加速させたのでした。 その後、リハビリをゆっくりやったほうが手術部位への負担が減り、結果的に早く退院できるということや、野菜に関しては家族が収穫した写真を持ってきてくれたことにより、安心してリハビリ生活に取り組めるようになりました。そして問題行動もなくなったのです。 患者さんの性格によっては、現状や将来への不安が強い人、またとにかく回復したいという焦りを持っている人もいます。そんな思いが時に理解力の低下を招くこともあるので、私たちはしっかりとアセスメントをしていく必要があると感じました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。 年齢とともに理解力も認知力も低下してくることは予測できますが、入院前の生活や性格を情報収集してみると、必ずしもそうではなかったことがわかることも多いです。そのため患者さんに接する時には、思い込みや単なる予測で判断するのではなく、しっかりとアセスメントをして、なぜこの人がこのような言動をするのかということを分析する必要があります。そして、理解力や認知力を判断することが大切です。
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